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【どうしても触れたくない】触れたくないのはつらいからかそれとも愛しいからか

 今回はヨネダコウ先生の『どうしても触れたくない』を読みました。

 以下感想です。

  詳しいあらすじなどは読んでいただければと思うので省きます。この作品で複雑に絡み合っているのは二人の「過去」、そして相手の、特に嶋くんから外川の過去に対する想い、そしてそこから生まれる悩みや苦しみだと思います。嶋くんは前の職場でいわゆるノンケの男性と付き合っており、その人のせいでひどい仕打ちを受けています。相手の男性は嶋くんに「お前のことは好きだけど、男が好きな自分が嫌なんだ」と言います。そして、出会わなければよかったと。彼が「あいつに言い寄られて困る」だのなんだのと職場で吹聴しそのせいで嶋くんは陰湿ないじめを受けるようになるのですが、彼はもしかしたら嶋くんから別れてくれるように仕向けたかったのかもしれません。

 

 もちろんこの男性のしたことは最低なのですが、読んでると彼の気持ちを考えて苦しくなります。この「同性を愛してしまった自分への激しい嫌悪感」、それを相手に伝えてしまう残酷さ。おそらく彼自身も相当苦しんでいたと思うのです。彼は最後まで好きな人を本当に素直な気持ちで、まっすぐ好きになることができなかった。同性だという壁が最後まで彼を苦しめたのでしょう。

 

 ちなみにそれに苦しめられているのは嶋くんも同じなのですが、彼は一時の火遊びのような恋愛でマジョリティの生きる道に戻っていけるノンケとは違い、生粋のゲイです。好きになるのはいつだって同性。だからこそ、より根深い悩みがある。結婚ができないこと。子供を産めないこと。つまり「相手に家庭を持たせてあげられないこと」が嶋くんを激しく引き裂きます。外川に惹かれる気持ちと、だからこそ離れなくてはいけないと思う気持ちのあいだで、真っ二つになってしまうんですね。ここで重くのしかかってくるのが外川の過去なんです。

 

 外川の父は事故死し、母はそれを嘆いて家に火をつけ、外川の弟は焼死。生き残った母は放火殺人の罪で服役しますが、出所後自殺。冒頭の方で嶋くんが外川の部屋に飾ってある家族写真を見つけるシーンがあります。その瞬間から嶋くんはどれだけ悩んできたのだろう。「家族に憧れがある」という外川の何気ない一言に、どれほど苦しんだのだろう。描写されていない部分も想像させるくらい、嶋くんの持つ悲しみや苦しみは深い。でもそこに、嶋くんは「もう傷つきたくない」という自分の想いを隠していました。

 

 彼がそう思うのは当然のことです。以前恋人に手酷い仕打ちを受け傷つけられ、もうノンケなんてごめんだと思ったのに外川と関係をもってしまい、あろうことか彼に惹かれている。しかも彼は決して自分が与えることのできない家庭というものをかつて失っている。だからこそ外川の転勤が決まり、離れることになった外川が嶋くんに「好きだ」と本気で打ち明けた時もその気持ちを受け入れられなかった。

 

「俺に過去を恨めっていうのか」

 

 嶋くんがもう終わりにしようと言った時に外川が言った台詞です。お前を、じゃなくて過去を。自分にあんな過去があるから、お前と一緒にいることができないのか。そう外川は問うているわけです。でも嶋くんの「自分がそばにいてはいけない」と思う気持ちはとても強かった。嶋くんは言います。

 

「あんな過去があったのに、自分なんかが相手じゃ報われないと思わないんですか」

 

 この言葉は二人ともを傷付けたと思います。言った嶋くんだってつらいし、言われた外川だってそれは同じ。だからこそ「じゃあセックスして終わらせるか、それだけの関係だったんだろう?」と言って二人は体を重ねたあと別れます。そうしてしばらくして、嶋くんはふとした瞬間に外川からもらった煙草をデスクの引き出しから見つけます。ここで嶋くんが思い出したのは外川のことだけでなく、嶋くんのために禁煙しようとしていた彼の優しさです。おそらくそれが嶋くんの心の防波堤を壊したんじゃないかなと思います。彼はずっと優しかった。覚悟も見せてくれた。なのに踏み出せなかった。その時は外川の過去のせいにしたけど、本当は自分の過去が原因だったんだと。過去に囚われていたのは外川ではなく自分の方だったと嶋くんは気付いたのだと思います。

 

 この、「重い過去を背負った二人が出会い、片方は過去ゆえに相手に愛を受け入れてもらえず、もう片方は過去のせいで相手のそばにいることができない」という図がとても切ない。お互いにお互いのことが好きなのに、ちゃんと想い合っているのに、だからこそ悩むし苦しむ。その様子が淡々と、でもとても丁寧に描かれています。余談ですが、作中での季節の流れのさりげない描写も、一層二人の関係の切なさを強調しているように思います。

 

 最後に外川が戯れに嶋くんに「お前はいい嫁になると思うよ」と言うシーンがあるのですが、私はそこがとても好きです。「家庭を持てない、持たせてあげられないこと」にずっと悩んでいた嶋くんに、彼の苦しみに共鳴して読み進めてきた読者に、そんなことは気にしなくていいんだ、愛さえあればいいんだよ、と教えてくれているような気がするから。